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[第2部・石見神楽の演目とその伝説の地を訪ねて]
この写真集に収録した演目の中から

2月雪の頃から約半年撮り続けた神楽。
神楽人の情熱に感動する間もなく、あのセリフの中にあった地名はどこかに在る!?。
その伝説の地を取材したい。
すでに気持ちの車は走りはじめていた。
戸隠山へ、安達ヶ原へ、あの山へ・・・。広島から長野へ栃木へ福島へ。
神楽の中に出る地名・神楽の題名の所へ様々な形の記念碑・塚がまぎれもなく在った。
ここだ。ここだ。と、そのひとつひとつに感動した。
戸隠山は真にノコの刃が逆さまに置かれたような山であったが
紅葉狩に伝えられる鬼の岩屋は、隣の荒倉山の中腹にあった。
そして、紅葉姫の塚(墓碑)は数キロ離れた民家の近くに建てられ、
その傍には貴女紅葉姫について解説板が立てられていた。
貴女? 鬼女ではないのか?、
都を追われた紅葉姫は、
『この里に在って医学にも通じた教養高い女性として
人々を教え救った貴い女性であった。』と記されている。
その所の人にとっては、鬼女ではなく貴女であったのだ。
もうひとつ、いわき市に恵日寺というお寺があった。
平将門の三女、滝夜叉姫はこのお寺に隠れ住んで地蔵菩薩を拝みながら
将門一門の供養をし、82歳の生涯を閉じた。
と言われている。
仏に仕えた方を鬼にして楽しむ私たちは・・・。
このことを恵日寺のお世話をしておられる高木さんにお話し、
ビデオを観ていただいた。
高木さんは「朝廷にそむいた。という話は承知していることですが、
滝夜叉姫の名が遠く広島の地で活躍していることに感動しました。」と言われる。
「何はともあれ、日本の立派な文化(神楽)の物語としてますます広めて欲しい。
このビデオをさっそく市長さん観てもらいます。」とも。
更にもうひとつ、丹波の国(京都府)大江山には、
鬼の足跡や頼光の腰掛岩があった。
伝説がこれまで証明されるとは思わなかった。
そして大江山の麓には、日本の鬼の交流博物館が建設されており
日本の『鬼』にまつわるいろいろな事を紹介されていた。
博物館の村上館長が、石見神楽の大江山をご覧になって一言「感動」
そして「こんどは酒呑童子か゛頼光を追い払う神楽も観たいナ」と。
取材の車旅は走行距離4,000キロを超えていた。

ある意味では、神楽を科学した気分になったが、
長い時代の流れと遠い所から伝えられて来た話の中には、
情報化時代の現代人には想像もつかない「創造」を先人たちはしている。
感動したり、惑ったり、
そして複雑な気持ちが残った取材だった。


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